お顔のない花
                ~ 砂漠の王と氷の后より
 


       




覇王カンベエが執務にかかわる部屋や、
大臣やそれを補佐する官僚らが政務を執るための会議室など、
いわゆる政治向きのあれこれのためとそれから、
王族の住まいとしての空間とが備わっているのが“本宮”ならば。
その奥向き、
城塞のみならず、王とその付き人らの住まいもまた、
防壁と見なしてのぐるりを覆った内宮が、
妃とその世話役の住まう“後宮”であり。
麗しき宝にして非力な姫らの身を守るためとそれから、
王の後継者が生まれるやも知れぬ、
そんな神聖な場所だということもあっての護りも堅く。
勿論のこと、男子禁制の厳重に外界から切り離された、
言わば別世界のようなところ。
現王カンベエには3人の妃がおり、
それこそそうそう容易く、恋に落ちたので結婚しますとは運べぬ身ゆえ、
どちらの妃も政略的な縁による婚姻を結んだ姫ばかり。
第一夫人のシチロージ様は、
先の王がまだ存命の頃、最北の領から迎えた傾城の美姫で。
灼熱砂漠と地続きとは思えぬ、雪と氷の舞う国に生まれた、
白い肌と金の髪、澄み渡った水色の瞳を持つ、
聡明にして玲瓏な、しかもしかも男に劣らぬ胆力も持ち合わす、
威風堂々、いまだ衰えぬ存在感も頼もしい、賢婦女傑でおわしまし。
政略的な婚儀で迎えた后…としながらも、
そこはカンベエ様もお若い頃のこと。
天女もかくやという美貌と知性を兼ね備え、
しかもしかも、鋭に尖って毅然と凛々しいところから、
“氷の姫”との二つ名持つほど、
実は気性も激しいことでも有名だった、
そんな北方の麗しき佳人を。
壮健な武人にして、雄々しくも精悍だった若かりし覇王様、
父王様からの勧めなぞなくとも、口説き落としただろうこと、
火を見るよりも明らかで。
そんな王をば試すよに、それは様々な試練や難題、
これを飛び越えられたならその手へ い抱かれましょうぞと、
どっさり並べたお后を、
無事に主都の王宮へまで、凱旋の誉れとともに連れ帰った、
心身も気概も逸るまま猛る身だった賢王様も。
今はすっかりと落ち着かれての、人を食うよな態度もお見せ。

 「  ………?」

ごそりと、
何か大きなものが、すぐの間近から退いた気配を感じ取り、
それを視線で追いかかった若い妃の、
柔肌をさらした格好の細い肩へと。
離れ切らずに身を戻した温みの主が、
そおと唇 落としてくれて。
その感触へくすりと微笑った身動きへ、

 「……起こしてしもうたか、すまぬな。」

彼の側もまた、こちらが目を覚ましたこと気づいたらしく。
雄々しい肩からこぼれ落ちたる豊かな髪ごと、
細い背中へのしかかってくると、

 「主は好きなだけ休んでおれ。」

低めたお声で耳元へ、恐らくは故意に囁いてくる王なのへ、

 「~~~~。////////」

馴れ馴れしさへ叩いてやろうかと思うたものの、
罪な蜜声が昨夜の閨事をじりりとなぞり、
あっと言う間に総身を巡って、居たたまれない気分をまねくものだから。
せいぜいのこと、言われるまでもないとの意地を張り、
手繰った掛け布を懐ろへと抱き込んで、
寝直すのだからとっとと行けと、細い肩そびやかす仕草にて、
畏れ多くも覇王様を相手に、しっしと追い払う剛毅さよ。
照れ隠しなのは見え見えなのでと、
それは満足げにくつくつ笑い、
手際よくも着替えたカンドーラ、裾の長い白トーブをまとったその上へ、
執務用のそれ、濃色のビシュトをふわりと羽織る。
わざわざ見ずとも、その颯爽とした身ごなしくらい、
もはや記憶にしっかと焼きついた代物なれど。

 「………。」

雄々しき肩へ降りそそぐ朝の光を受けて、
それは男ぶりの上がった横顔となるの、
こんな間近にいて見ないなんて法はなしと。
手繰り寄せてた掛け布の陰から、そおと覗いて確かめて。
最後にちらと、寝間を見やったカンベエだったのへ、
あわわと慌てる妃キュウゾウなのもお約束。
いつもと変わらぬ、いつもの朝の一景ではありました。






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